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50代、消化器外科医の決断。外科の第一線から離れ、外科経験を生かす「副院長」というキャリア
キャリア

50代、消化器外科医の決断。外科の第一線から離れ、外科経験を生かす「副院長」というキャリア

更新日:2026/09/18

50代男性
悩み・希望

体力の限界と、下げられない年収の板挟み

50代半ばで当直・オンコールの負担が限界に。一方で住宅ローンや教育費のピークを控え年収は下げられず、外科の第一線から退く決断ができずにいた。

ここがオーダーメイド!

経歴を踏まえ「副院長候補」で事前交渉

外科部長としてのマネジメント経験を評価し、ケアミックス病院と事前に交渉。当直なし・年収2,100万円の副院長候補ポジションを設計・提案。

BeforeAfter
診療科目消化器外科外科・病棟管理(副院長)
年収1,800万円2,100万円
働き方週5.5日/当直月3〜4回週4.5日/当直・オンコールなし

記事の要約

転職前の課題: 50代半ばを迎え、当直月3〜4回・オンコール月6回の生活で体力の限界を実感。一方で住宅ローンや教育費のピークを控え、年収を下げる選択はできず、外科の第一線から退く決断に踏み切れずにいた。

転職軸の明確化: キャリア相談を通じて、外科部長としてのマネジメント経験や術前術後の全身管理の力を再評価。「年収2,000万円以上」「ケアミックス病院」「当直なし」「転居なし」「役職付き(副院長等)」を軸に設定した。

転職先の精査: 条件に合う非公開求人の中から、200床規模のケアミックス病院(C病院)を検討。理事長の意向も踏まえ「副院長候補」として役割と条件を事前に調整した、オーダーメイドの提案を受けた。

転職後の成果: 当直・オンコールから解放され、週4.5日勤務でほぼ毎日定時退勤へ。転居することなく年収2,100万円を実現し、外科で培った経験を病棟管理や地域医療に還元している。

転職を考えた時期ときっかけを教えてください

消化器外科の第一線で、手術と救急に明け暮れた30年間

私は東海地方で、大学卒業後から50代半ばに至るまで約30年間、消化器外科医として手術と救急対応に明け暮れる日々を送ってきました。
転職前は、地方の500床規模の地域基幹病院で外科部長を務めていました。執刀の多くは徐々に中堅や若手に譲りつつありましたが、難症例のバックアップから患者さん・ご家族への対応、労務管理までプレイングマネージャーとして忙殺される毎日でした。当直は月に3~4回、オンコールは月に6回ほど。夜中に緊急手術で呼び出されることも珍しくなく、心が休まる日はほとんどありませんでした。

50代半ば、年齢の壁と直面

50歳を過ぎ、私は体調をくずしたことをきっかけに、疲労の抜けにくさを顕著に感じるようになりました。
深夜の緊急対応を終えた翌朝、手術では手元の感覚がわずかに鈍るのを感じるようになったのです。外科医として30年近く自分の手の感覚と向き合ってきたからこそ、その小さな変化が気になったのだと思います。以前とは違う手先の感覚に、年齢を意識するようになりました。「ずっと最前線で手術はできない」と、年齢の壁を実感しました。
それに、転職前は外科部長でした。立場的にも、自身のプライドにおいても、周囲に頼られることはあっても、弱音を吐くことは、許されなかったのです。

疲弊する肉体と、絶対に年収を下げられない家庭の事情

体力の限界を感じる一方で、住宅ローン、子どもの学費などのことを考えると、簡単にペースダウンできない現実もありました。
特に教育費はピークを迎えており、年間何百万円の出費があったのです。
「5年後も今と同じように手術を続けられるのだろうか」
「働ける50代のうちに、老後資金を上乗せしておきたい」
「当直はもう外れないと体がもたない」
そのような思いが混在していました。60代以降も医師として働き続けるためにも、今の限界ギリギリの生活から抜け出す方法を模索し始めたのが、転職を意識した最初のきっかけです。

メクキャリエージェントを選んだきっかけを教えてください

「外科の第一線から離れる外科医に求人はあるのか」という切実な疑問

転職を考え始めた当時、私はすでに50代半ば。自宅と勤務先も東海地方の都市部から離れた地域にありました。「転職するには遅すぎるのではないか」「この地域で希望に合う転職先はあるのだろうか」という疑問が頭に浮かんでいました。
当初は「体力が落ち目の50代の外科医に、年収を維持できる求人はあるのだろうか」という不安がつきまといました。
外科医として転職するのであれば、即戦力として計算できるだけの、執刀経験や対応可能な症例を問われるのが普通です。「当直やオンコールは少しきつくなってきた。でも年収は維持したい」などと虫のいい条件を出せば、自分のキャリアがそこで途絶えてしまうのではないかという葛藤があり、具体的な行動には移せずにいました。

転職ありきではなく、まずはキャリアの選択肢を知るために登録

すぐに転職と決めていたわけではなく、数年単位の長期戦も視野に入れていました。まずは、50代外科医として、自分の市場価値を知りたいと思い、インターネットで情報収集を始めました。
目に留まったものの一つが、メクキャリエージェントでした。中長期的なキャリア相談に乗ってくれる上に、オーダーメイド求人と自分にあった転職先の提案があるようで、どのような選択肢があるのか知りたくなって登録しました。

メクキャリエージェントのキャリア相談を利用しましたか

地方在住でも転居せずに転職できる可能性が見えた

メクキャリエージェントのキャリア相談では、私と同世代のコンサルタントが担当でした。担当コンサルタントは、東海地方の各医療施設の事情、求人状況に詳しく、加えて50代医師の体調面、ライフスタイルの変化、外科医特有の悩みについても理解を示してくれました。
コンサルタントは、私の本音を察してくれたうえで、「先生ほどのご実績とご経験があれば、興味を持つ医療機関は必ずあります。東海地方のご自宅から無理なく通える範囲で、ご希望を叶える選択肢を提示できる可能性が高いです」と言ってくれました。

50代でも転職は遅くない。だからこそ焦らず選ぶ

「50代の転職は遅いかもしれない」と思い込んでいた私は、思いがけない自分の市場価値を聞いて、転職に前向きな気持ちが芽生えました。
そんな私に対し、コンサルタントはこうアドバイスしてくれました。
「今回の転職が、定年前の最後の転職機会となるよう、焦らず、あまり先入観をもたずに可能性を探っていきましょう。年収や当直回数など目に見える条件だけで選んでしまうと、想定以上に業務負担が大きかったり、職場の人間関係に悩んだりすることもあります」という話でした。
たしかに、同じ医療圏で長く勤務してきたため、他院に知り合いも多く、これまで築いてきた人間関係を損なうような転職は避けたいという思いもありました。

ケアミックス病院の「副院長」という思いがけない選択肢

コンサルタントと会話を重ね、ケアミックス型の病院が候補に上がりました。それで私は、「1分1秒を争う急性期医療の第一線でプレイヤーとしては十分やりきった。後進に任せて、これまでの経験を急性期から慢性期のケアミックス、地域包括ケアなどの領域で還元してみてもいいかもしれない」と思い始めたのです。
しかし正直なところ、急性期の第一線の外科医が、慢性期やケアミックス型病院へ移ることを、どこか「外科医としての撤退」のように感じる自分もいました。
そんな私にコンサルタントは、「基幹病院の外科部長というご経歴であれば、ケアミックス病院の『副院長』など、マネジメントを担う幹部ポジションで招聘される道があります。例えば、俸給表に縛られない市中病院などであれば、年収2,000万円以上・当直なしという交渉も十分に可能です」と話してくれたのです。
「副院長」という立場であれば、これまでのマネジメント経験を活かしながらQOLを大幅に改善できると気づいたのです。

外科で培った全身管理の経験は、病棟管理にも生かせる

「とはいえ、長年手術中心だった自分に内科的要素を含む病棟管理が務まるのか」という不安もありました。
その点についても、コンサルタントは自身の見解を話してくれました。
「外科医として第一線で培われた術前術後の全身管理、急変時の判断力は、内科の先生方ではなかなか難しいところもあり、病院としても外科出身の先生に加わっていただけることでの安心感があります」。
この言葉に背中を押され、「年収2,000万円以上」「ケアミックス病院」「当直なし(または回数減)」「転居なし」「役職付き(副院長等)」という軸で求人を待つことにしました。

メクキャリエージェントの求人の質や量はいかがでしたか

想像を超えた「年収2,100万円・副院長候補・当直なし」の打診

キャリア相談からしばらくして、条件に合致する求人を複数提示してくれました。どれも非公開の求人でした。
その中でも目を引いたのが、200床規模のケアミックス病院(C病院)の求人でした。条件は「年収2,100万円、当直・オンコールなし、副院長候補」でした。
あまりの好条件だったので、「本当に私の経歴と技術で大丈夫なのか」と再度確認をしました。するとコンサルタントは、「匿名ですが、すでに先生のご経験や経歴を含めた事前交渉をC病院とさせていただきました。C病院は、急性期の地域基幹病院で部長職を経験し、病棟全体を見られる医師を強く求めておられます。副院長候補といったポジションも、理事長からのご提案です」と話してくれたのです。
既存の求人をそのまま紹介されたのではなく、私の経歴を踏まえて病院側と役割や条件を調整してくれた、まさにオーダーメイドの提案でした。

妻の「お願いだから体をまた壊す前にそっちにして」の言葉

C病院の求人票を妻に見せて相談したときのことは、今でも忘れません。
妻は当初、「いきなり転職して、子どもの学費は大丈夫なの」と心配していました。しかし、「年収2,100万円・当直なし」という条件を見ると、目の色が変わりました。現金なものですね(笑)。
「夜中に携帯が鳴って飛び起きる生活が、ようやく終わるのね。学費の心配がないなら、完全に体を壊してしまう前に、その病院にしてみたら」と背中を押してくれました。
長年、私の不規則で過酷な生活を支え、心配し続けてくれた妻のこの言葉が、決定打となりました。

応募から転職決定までのサポートはいかがでしたか

「急性期から地域医療への還元」というストーリーを面接で伝える

面接に臨むにあたり、担当コンサルタントと打ち合わせを行いました。
「C病院が求めるのは、病棟全体の管理や、地域連携の顔になりうるかどうかです。これまでの外科部長としてのご経験や、今後どのように地域医療へ貢献したいのかをお話ししてみませんか」とアドバイスをもらえました。
面接の場では、コンサルタントの助言通りに「急性期医療で培ってきた病棟統括やマネジメントの経験を、地域医療で生かしたい」と伝えたことで、話は非常にスムーズに進みました。

業務範囲や条件を事前にすり合わせてくれた

条件交渉において、コンサルタントは、業務範囲や希望条件をすり合わせてくれたのも非常に助かりました。手術の執刀は原則担当せず病棟管理を中心とすること、当直・オンコールはないこと、副院長として求められる役割なども、入職前に確認してくれました。
病院側も私の希望を快諾してくれたようで、「外科の先生に病棟を広く診ていただけると非常に助かります」と言っていただけたことで、安心して入職を決意できました。

転職後の満足度はいかがでしょうか

当直・オンコールから解放され、定時退勤が叶う

転職して半年経ちますが、転職前とは比較にならないほど心身のゆとりが生まれました。
転職前にあった月3~4回の当直、月6回のオンコールのプレッシャーから解放され、現在は週4.5日勤務で、ほぼ毎日定時で退勤できています。
夜間の電話に警戒することなく、朝までぐっすり眠れるようになり、体調面の不安も減りました。懸念していた次男の学費も、年収アップのおかげで何の不安もなく捻出できています。

外科医としての誇りを保ち、これまでの経験を現場に還元する

危惧していた「内科医ではない自分に病棟管理が務まるのか」という不安も、結局は杞憂でした。胃ろう管理や褥瘡への対応、外傷の縫合など、これまでの臨床経験を生かして対応できる場面も多く、現場の看護師やスタッフから、「今までは都度消化器や皮膚科、整形の先生にお願いしていたことを、全て先生が対応してくださるので、とてもありがたいです」と感謝されたりしています。
周囲には「急性期の第一線から引き、経営視点で地域包括ケアに携わるため」と説明して退職しましたが、「副院長」として迎えられたことで、外科部長として培ってきた経験を途切れさせず、穏やかで充実したセカンドキャリアを築くことができました。

担当エージェントからのコメント

長年の外科診療で培った全身管理能力や急変時の判断力に加え、外科部長としてのマネジメント経験は、病棟管理や組織運営を担う医師を求める医療機関で評価されることがあります。 先生のように、手術を中心とした外科の第一線から離れても、これまでの経験を失うわけではありません。役割を変えることで、経験を生かしながら当直やオンコールの負担を減らし、長く働き続けられるキャリアを築ける場合があります。 「外科の第一線から離れること」は決してキャリアの後退ではなく、積み重ねた経験をより大きな枠組みで還元する前向きな転身です。 現在の働き方に少しでも限界を感じている先生は、ぜひ一度メクキャリエージェントにご相談ください。